時代が変われば、お弔いも変わっていい。火葬式(直葬)は本当に「かわいそう」?

●時代が変われば、当たり前も変わる
今、私たちを取り巻く社会は、ものすごい速さで変化しています。
気候変動、物価の高騰、AIの登場、世界各地で続く戦争。
少し前まで「当たり前」だったことが、いつの間にか当たり前ではなくなってきました。
そして、これは葬儀の世界にも言えることだと思うのです。
かつての葬儀といえば、大勢の会葬者を招き、立派な式場に豪華な祭壇を飾り、参列者に料理や返礼品を用意しておもてなしをする。
そんな光景が一般的でした。
もちろん、それには故人の社会的なつながりを大切にし、多くの方々とお別れするという意味がありました。
しかし一方で、遺されたご家族にとっては、悲しむ間もないほど忙しく、経済的にも精神的にも大きな負担となることがありました。
「もっと家族だけで、静かにお別れできないだろうか?」
そうした思いから、家族や親しい人を中心に故人を見送る「家族葬」が広く選ばれるようになりました。
さらに、コロナ禍を経て、お通夜を行わず告別式と火葬を一日で済ませる「一日葬」も、より身近な選択肢となりました。
葬儀は、その時代を生きる人々の暮らしや価値観に合わせて、少しずつ姿を変えてきたのです。
●「火葬式ではかわいそう」という言葉
先日、ご葬儀のご相談をいただいたお客様が、こんなことをおっしゃいました。
「火葬式(直葬)だけでは、かわいそうだから……」
私は、この言葉がとても印象に残っています。
確かに、火葬式というと「簡単」「簡素」「寂しい」「何もしてあげられない」といったイメージを持つ方も少なくありません。
でも、果たして本当にそうなのでしょうか?
立派な祭壇がなければ、故人はかわいそうなのでしょうか。
お坊さんにお経をあげていただかなければ、十分に弔ったことにはならないのでしょうか。
もちろん、宗教的な儀式や伝統的な葬儀を大切にするお気持ちも、私は尊重しています。
ただ、それと同じように、もっと自由で、その人らしいお別れがあってもいいのではないかと思うのです。
葬儀の形式が簡素になることと、故人を想う気持ちが薄くなることは、決して同じではありません。
●火葬式だからこそできる、心のこもったお別れ
例えば、こんなお弔いはいかがでしょうか。
火葬の日まで、ご安置されている故人のもとへ、ご家族が何度も足を運ぶ。
一日目は、感謝の言葉を伝える。
二日目は、昔の思い出を語りかける。
三日目は、好きだった音楽を一緒に聴く。
そして火葬当日は、ご家族だけで静かに見送る。
ご火葬が終わった後は、故人のご遺骨と一緒に思い出の場所を巡ってみる。
あるいは、故人が笑っている写真を持って、家族でよく通ったレストランへ出かける。
「お父さん、ここのハンバーグが大好きだったよね」
そんな話をしながら、故人が好きだった料理をいただく。
どうでしょう?
私は、これも立派な「お弔い」だと思うのです。
式場で過ごす数時間だけが、お別れの時間ではありません。
暮らしの中に故人との思い出を取り入れ、何日もかけて感謝や愛情を伝える。
そんなお別れがあってもいいのではないでしょうか。
もちろん、安置施設によっては面会時間や回数に制限がありますので、事前の確認や準備は必要です。
それでも、工夫次第でお別れの可能性は大きく広がると思っています。
●そもそも、葬儀は昔から変わり続けている
昔のお通夜は、文字どおり夜を通して故人を見守り、地域や家族によっては幾晩にもわたって別れを惜しむこともありました。
それが時代とともに変化し、現在では夕方から数時間程度で終える「半通夜」が一般的になっています。
つまり、私たちが伝統だと思っている葬儀の形も、長い歴史の中で変化してきたものなのです。
家族葬も、一日葬も、そうした変化の延長線上にあります。
であるならば、火葬式(直葬)も、単に儀式を省略した葬儀としてではなく、故人とご家族に合った、新しいお弔いの形として発展していく可能性がある と思うのです。
経済的な負担を抑えながらも、心のこもったお別れをする。
無理に人を集めるのではなく、本当に会いたい人と過ごす。
世間の常識に合わせるのではなく、故人の人生とご家族の気持ちを大切にする。
私は、これからの葬儀には、そんな価値観がもっとあっていいと思っています。
●世間の目より、大切にしたいもの
ただし、こうしたお弔いを選ぶには、少しだけ勇気が必要かもしれません。
「〇〇さんのお宅、火葬だけだったんですって」
そんなご近所の声を気にしていたら、自分たちらしいお別れを選ぶことが難しくなるかもしれません。
でも、葬儀は誰のために行うのでしょうか?
世間の人に立派な葬儀だったと思ってもらうためでしょうか?
私は、そうではないと思っています。
大切なのは、故人を想い、遺された人が自分たちなりに納得できるお別れをすること。
豪華な葬儀が悪いわけではありません。
家族葬が正解というわけでもありません。
そして、火葬式だから寂しいと決めつける必要もないのです。
人の数だけ人生があるように、人の数だけお弔いの形があっていい。
そう思うのです。
● 55歳になった今日、思うこと
実は、今日11月4日は私の55歳の誕生日です。
葬儀の仕事に携わって約20年。
多くのご家族のお別れに立ち会ってきました。
その経験を通して感じるのは、葬儀において本当に大切なものは、目に見える豪華さだけでは測れないということです。
社会がこれだけ大きく変化しているのですから、お弔いの形も、もっと自由に変化していい。
誰かが最初の一歩を踏み出す「ファーストペンギン」にならなければ、新しい常識は生まれません。
だったら、小さな葬儀屋である私たちが、その一歩を踏み出してもいいんじゃないか。
そんなことを55歳になった今日、考えています。
葬儀を小さくすることが目的ではありません。
お弔いの可能性を、もっと大きくしたいのです。
相模原市の小さな葬儀屋「葬儀のかなふく」は、これからもご家族それぞれの想いに寄り添い、時代に合った新しいお弔いの形を考え続けていきたいと思います。
形式にとらわれず、心を込めて。
そんなお別れが、もっと自然に選べる世の中になったら素敵ですね。
◇・◇『かなふくなら、なんとかなる!』◇・◇
葬儀のかなふく(神奈川福祉葬祭)
代表取締役:鈴木隆

